

先生と生徒が教室にカンヅメになって解説と演習をくり返していくことで、苦手科目を一気に克服してしまおうという四谷学院ならではの勉強イベントだ。吉永くんは、まず5月の皐月特訓に参加した。ゴールデンウィークをどう過ごすかが受験生活前半のカギだと思っていたので、自宅より集中できる環境で勉強したかった。夏期特訓では、3日間、物理の電磁気だけを勉強した。55段階で物理の復習をしているときも電気関係だけは苦手だったのだが、この特訓以降は「得点源にできる」という自信がついた。「―日中、苦手な物理漬けになるわけですから、最初はやはりいやだなと思いました。でも、どんなにいやでも逃げようがない。僕の場合、結果的にはそれがよかったんだと思います。特訓後は力学より電磁気のほうが得意になり、最終的にはもともと得意だった化学よりも物理のほうが点を取れるようになりました」気がつけば、春には50台だった物理の偏差値がコンスタントに60を超えるようになっていた。55段階で基礎からこつこつとやり直し、夏期特訓でもっとも嫌いな電磁気の分野を集中的に学んだことが相乗効果を上げたのだ。慶応や早稲田の過去問にとりかかったのは冬になってからだった。お正月特訓では、ほとんどの時間を過去問に費やした。早慶の問題を解いたとき、「いけるのではないか」という手ごたえを感じた。最初に受験した上智大学理工学部に幸先よく合格。これでだいぶ気持ちが楽になり、理科大、慶応、早稲田と、受験した大学すべてに合格した。そして、迷った末に入学を決めたのは、慶応大学理工学部学門3.吉永くんは、あれほど苦手だった物理を専攻しようと決めたのである。
結果の出る教師=憧れの教師。そんな先生をご紹介するのが東大家庭教師友の会のモットーです。詳しくは、公式サイトで。
通信制高校の学選考は書類審査と作文、あるいは面接だけ。さらに詳しい情報はこちらのサイトをご参照ください。
大手塾のライバルに刺激を受ける部分と、小規模塾の少人数制の良さをミックスしたような予備校が最近、55段階個別指導で注目を集める四谷学院です。
山形にある東北芸術工科大学は大自然に囲まれたキャンパスが自慢。創造性を生み出すデザインを学ぶには理想的。放送作家の小山薫堂さんも講師として活躍。彼はオレンジ・アンド・パートナーズの役員も務める。
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受験勉強は口で言うほど楽なものではない。本人の努力だけでは限界がある。やはり、彼らの勉強をサポートし、悩んだときには相談に乗り、効率よく合格へ導くことのできる学習システムや受験のプロの助けが必要だ。四谷学院に入学すると飛躍的に成績が伸びるケースが多いのは、そうした体制が整っているためである。四谷学院で学んだ結果、大逆転で難関校合格を果たした卒業生たちのなかに、三宅絵美さんがいる。三宅さんは、いわゆる「大検生」だった。大検生とは、一般の高校を卒業したのではなく、文部科学省の「高等学校卒業程度認定試験(高認旧大検)」を受けて、高校卒業と同等以上の学力があると認められた人たちのことである。高卒生と同様、すべての国公立私立大学、短期大学、専門学校を受験できるが、学力の点で大学受験レベルとは開きがあり、希望どおりの大学に合格するのは容易なことではない。三宅さんの場合は高校を1年生の9月に退学した。だから、学力もそこでストップしていた。大学進学を志して勉強を再開し、高認には合格したものの、四谷学院に入学した当時は「知識はほとんどゼロ」という状態。日本史は「イイクニつくろう鎌倉幕府」と「ナクヨうぐいす平安京」しか知らないほどだった。「何をやればいいかもまったくわからないから、とりあえず55段階を信じて始めました。焦らず、基礎から固め直そうと思いました」当時の志望校は立教大学。正直言って「立教に合格できれば奇跡」と思っていた。受験科目は英語、国語、日本史だが、まずは国語と英語の遅れを取り戻さなければならなかった。四谷学院のクラス授業は、英語が基礎クラス(B)、国語は現代文も古文漢文も標準クラス(S)からスタートした。しかし、英語は早くも8月に標準クラスにアップ。6月のマーク模試の成績は3教科合計で偏差値50だったが、センター模試では56に伸びた。とくに好きな英語の伸びは著しかった。残念ながら、1年目は日本史にまで手をつけることができなかった。そのためセンター試験の成績も日本史は45点に終わった。しかし四谷学院での2年目、日本史の勉強を始めると成績は飛躍的に伸び、あっという間に偏差値75を達成した。「日本史のクラス授業のプリントがすごくよかった。がむしゃらに覚えました。最初は覚えられなくても、続けることが大事。脳ミソが暗記に適した構造になってくるから。あとは、とにかく55段階を信じてやり抜きました」2年目に入って急速に伸びたのは日本史だけではない。国語も英語も着実な力がつき、6月のマーク模試では3教科合計で偏差値698.その後も安定して65から70の成績を残せるようになった。三宅さんの成長を見守り続けてきた担任の鶴田先生が言う。「2年目の4月時点で、すでに伸び始めていました。2年目に伸びたというより、1年目の成果が2年目の頭にドカーンと来て、それをキープできたという感じでしょうか。1年目で英語と国語をじっくり伸ばし、2年目に日本史を仕上げたという印象です」三宅さんは早稲田大学教育学部に合格した。受話器を握って「合格」の声が聞こえたときは、驚きのあまり思わずシャウトしてしまったという。「世の中に不可能なんてことはないんだ」と思った。「私かやったことは、欠かさず四谷学院の授業に出席し、55段階を信じてやり抜き通し、演習でたくさんの経験を積む。ほんとうにそれだけです。受験においていちばん重要なことは、今、自分に何か必要なのかを知り、それを手にいれるために何をすべきかを知ること。私のように『知識はゼロ』の生徒が基礎から勉強を始め、自分を客観的に見られるようになるまで成長させてくれる予備校は、たぶん四谷学院だけだと思います」*じつは四谷学院には、三宅さんのような大検生指導に関して豊富な経験とノウハウがあった。そもそも予備校としての四谷学院は、1989年、大検生を指導することからスタートしたのである。それまでの四谷学院は「ハーバード才能開発」という名称で、独自に開発した教材を使って個別指導を行う学習塾たった。その塾生のなかに「大検を受けたい」という生徒がいた。そこで大検受検用の教材を開発するとともに、集団で教える大検予備校「四谷高等学院」を設けた。現在の「四谷学院」も、高校に通わなかった人や中退した人たちを対象に、大検から大学合格をめざすコースを設けている。そして、東京大学、京都大学、早稲田大学、慶応義塾大学といった難関大学の合格者を輩出してきた。四谷学院の指導システムの根幹は、そうした大検生指導のノウハウから発展したものなのである。四谷学院が徹底的に「基礎」にこだわるのも、中学、高校時代にあまり勉強してこなかった生徒の学力向上に取り組んできた歴史によって培われたものといえる。大検生指導では「ここはもうわかっているね」式の指導は通用しない。また、同じようにゼロからスタートしても、生徒の学力が伸びるペースはさまざまなのだから、十把ひとからげのいっせい授業を押しつけることもできない。一人ひとりの能力に合わせた、きめ細かい丁寧な指導を徹底しなければならない。そんな必要性のなかから生まれたのが「科目別能力別授業」と「55段階個別指導」からなる「ダブル教育システム」なのである。
心と身体、そして目は、生きて知的活動をするために欠かせないものです。身体を動かさなければ何もできないし、情報を得るためには目が必要です。目の機能が適切に動いているかどうかが、「速読」をすることに必要になるのです。心の落ち着きひとつで、毎日が変わります。速読脳の訓練をして、読書速度が少し速くなっただけでも、仕事が落ち着いてできるようになったり、ミスが少なくなったりといったうれしい変化が起きて、驚かれる方が本当にたくさんいるのです。小さな変化でも、自分でそれに気がついたら、トレーニングを続けていくモチベーションになるでしょう。やれば変われるのだとわかれば、読書への集中力もより高まるはずです。ちょっとしたコツをいうなら、時間帯を工夫してみるのもいいでしょう。一般的に、朝は身体の動きも固く、目の動きも鈍くなっています。一方で、気持ちが白紙になっていて深く集中するにはいい時間です。朝が得意な人ならいいですが、目覚めてもボーっとしている人には、朝のトレーニングはおすすめしません。